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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)167号 判決

上告人 竹本数市

被上告人 玉島税務署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鍜治利一の上告理由について。

所得税法(昭和二五年三月三一日法律七一号による改正以前)九条一項九号にいう「事業等所得」には、本件のように花莚の製造業者が製造行為を廃止した後その原料たる藺草等の残品売却処分によつて生じた所得をも包含するものと解すべきであり、これを同項七号の「譲渡所得」というのはあたらない。同趣旨に出でた原判決の解釈は正当であつて、所論はひつきよう独自の見解に立つて原判決を論難するに帰し採用できない。(なお所論は憲法二二条違反に言及しているけれども、結局その実質は前記法条の解釈を争うに尽き違憲の主張と認めることはできない。)

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林俊三 島保 河村又介 垂水克己)

上告理由

第一点 上告人は、

『「事業所得」の対象となる「製造業」というのは営利の目的で原料を他から仕入れて自らこれを製品にして販売することを反覆継続することをいうのである。製造業者が廃業する意思で製造の面を廃止すればその企業の目的を失うことになるのであつて、その後は整理の問題が残るだけであるから、それは既に廃業の段階に入つているのであつて、製造と販売との二面を廃止しなければ廃業にならないというのは被控訴人(被上告人)の誤解である。控訴人(上告人)は昭和九年八月から花莚織機十台で花莚の製造業を営んで来て、戦時中も力を尽して営業を続けて来たのであるが続制経済の下でその営業が成りたたなくなつたので廃業の意思で原料の仕入もせず、織機も売却し、従業員七名も解雇して昭和二十一年八月一日から製造を廃止したのであるからその時以後廃業したことになり、従つて、控訴人は名実ともに廃業し、廃止後の残品の整理として本件藺草を売却処分したにすぎないのに、これに対して「事業等所得」として課税するのは違法である。』

と主張したのに対して、

被上告人は、

「製造業」という営業の内容は製造行為とその製品の販売行為とが含まれているから完全に製造行為と販売行為とをやめた時にはじめて製造業を廃業したことになるのである。(原判決事実摘示)

と主張するものであるところ、

原判決はその理由において、

『控訴人は昭和九年八月以降花莚の製造業を営んで来たが、廃業の意思で昭和二十一年八月一日から原料の仕入もせず花莚織機も売却し従業員も解雇して製造を廃止したからその時以後廃業した。したがつて、本件藺草の販売行為(原判決事実摘示被告主張の第二(イ)の乃至(へ)は廃業後の残品を売渡したものでその所得金は所得税法(昭和二十二年三月三十一日法律第二十七号)第九条第一項第七号(昭和二十三年七月七日法律第百七号)にいわゆる「譲渡所得」であつて同項第九号(昭和二十二年十一月三十日法律第百四十二号)にいわゆる事業等所得ではないと主張するけれども、「事業等所得」というのはその後の法律の改正(昭和二十五年三月三十一日法律第七十一号)で「雑所得」と名称を改められたことによつても明らかなように、同条第一項第九号以外の各号にあたる所得以外の所得をいうのであつて製造業者が製造行為を廃止して原料等の残品を処分した本件の如き場合も包含するものと解するのを相当とする。けだしかような残品は「譲渡所得」の原因たる資産とはいえないからである。かりにそれが資産であるとしても本件売買は、原判決の認定により明らかなように「営利を目的とする継続的行為」というべきであつて、いずれにしても本件所得を「譲渡所得」と認めることはできない。本件所得を以てその後昭和二十五年三月三十一日法律第七十一条(号?)により設けられた事業所得と同様に論ずることを得ないことはいうまでもないところである。」

と判示した。

しかし、

(1)  事業所得に対する所得税の課税は、その者が事業を営み、それから所得を挙げているからである。而して所得税法に所謂事業とは、一般社会通念上事業と認められるもの一切を総称している(安田明に対する所得税法違反事件、大阪高裁第六刑事部昭和二六・一一・二四判決)。事業とは、利益を得るためにする組織的な所為の綜合である。事業の遂行として為される行為には事実行為あり法律行為あり、また、財産の譲渡あり譲受がある。これ等の行為が事業の遂行という目標に綜合されて存するのが事業である。所得税法に事業所得というのはかうした事業から生ずる所得を指すのである。

故に個々の譲渡は課税対象ではない。それ等が綜合された事業の所得が課税対象なのである。

従つて事業に内包されない譲渡は譲渡所得とされ、事業所得とは別個に課税対象となる。

而して所得税法は所定の課税対象が生じたからこれに対して課税するものであつて、課税対象を作り出すものではない。

本件においても上告人が花莚の製造業を営んでいたから、これに対し事業所得税が課せられるのであつて、これを営む義務はない。

これは憲法第二十二条において職業選択の自由として保障されている。従つて上告人は花莚の製造を営むこともこれを廃業することも自由であり、所得税は、このように上告人が実行している事業を対象として適用しなければならない。

然るところ上告人は昭和二十一年八月一日から花莚の製造業を廃業したのであるから、この事業なるものはない。従つて又原料等の残品を処分したのは花莚製造業の内容とし事業の遂行として綜合される諸行為の一部ではない。財産の譲渡行為であるに止まるのである。

然らば本件藺草の譲渡行為は事業所得ではなく譲渡所得であると云はねばならない。原判決が「同条第一項第九号以外の各号にある所得以外の所得をいうのであつて製造業者が製造行為を廃止して原料等の残品を処分した本件の如き場合も包含するものと解するのを相当とする」と判示したのは、この理を解せざるものと云わねばならない。

凡そ所得税の課税標準は、その所得の源泉たる行為の類型により担税力を勘案して区別し、夫れ夫れの税率を定めるものである。而して事業所得はそれが、当該事業を遂行する諸行為の綜合として所得の源泉たるものであるから、この綜合体が担税力の基準である。従つてこの事業という基準が廃棄されれば所得の源泉類型が異り、担税力の基準も異るものである。故に本件藺草の処分は花莚製造業に内包される行為ではなく、独立の譲渡行為なのであつて、これは譲渡所得の対象となるものである。

(2)  原判決は又、資産であるとしても、営業を目的とする継続的行為というべきである、とするが、

本件藺草の譲渡は、上告人が花莚製造業を廃業したので、残つていた原料たる藺草を処分したものであるから、其れ切りで後のない行為であり、営利を目的とする継続的行為でないこと明かである。

原判決の論法は上告人の営業の自由を無視し税務官吏の勝手な自己弁護論を擁護するに帰し所得税法の解釈を誤つたものと云わねばならない。故に原判決は所得税法第九条の解釈を誤り憲法第二十二条の保障を無視した不当課税を是認するものであり破棄せらるべきものと信ずる。

以上

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